こんにちは、四十雀です。
今回は、郡山市にある「安積国造神社」さんのご紹介をいたします。
郡山市にある安積国造神社さんには、とても古い歴史があります。
伝承によれば、成務天皇5年(135年)、比止禰命が勅命により阿尺国造(あさかのくにのみやつこ)に任ぜられ、安芸国からこの地に赴き建国、その際に、郡山市赤木町に、穀物の神である「和久産巣日神」と比止禰命の祖先である「天湯津彦命」を祀ったのが始まりとされます(その後、比止禰命自身が合祀され「国造神社」と号し、やがて赤木町から現在地に移転しました。)。
成務天皇は第13代天皇で、景行天皇(倭建命の父)の子ですが、実のところ、実在したかどうかは不明な天皇です。そのため、残念ながら上記伝承がどこまで正しいか分からないところです。
また、「阿尺国(安積国)」の成立自体もいつか、詳細は不明です。
しかし、大宝律令の制定された大宝元年(701年)以降、後身である「陸奥国安積郡」が存在してましたので、かなり古い時期から「阿尺国(安積国)」が成立していたことは想像に難くありません。
また、安積国造神社さんは、江戸時代末期の朱子学者、「安積艮斎(嘉政3年(1791年)~万延元年(1861年))」を輩出したことで著名です。
安積艮斎は安積国造神社さんの三男に郡山で生まれ、後に江戸に出て学問を収めましたが、その門人には吉田松陰、小栗(上野介)忠順、高杉晋作、岩崎弥太郎、前島密など、著名な人物だけでも200を数えるといいます。
歴史と著名ある人物を輩出した神社、それが安積国造神社さんなのです。
是非一度、参拝してみてはいかがでしょうか。
神社データ
安積国造神社
[場所]
[祭神]
和久産巣日神(わくむすびのかみ)
天湯津彦命(あまのゆつひこのみこと)
比止禰命(ひとねのみこと)
誉田別命(ほむたわけのみこと)
倉稲魂尊(うかのみたまのみこと)
[備考]
特になし
(令和元年5月20日現在)