四十雀の素人・初心者による週末農業(+α)日記

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福島県在住のアラフォーど素人初心者の手による週末農業(野菜・ハーブ育成)の様子を始め,県内(及び隣接県)の温泉,日本酒,釣り紀行,各種写真(野鳥,風景,猫等々)等,名産品や見所をゆるくご紹介するブログです。

歴史・伝承探訪(白河の関・福島県白河市)

こんにちは,四十雀です。

今回は,白河市にある白河の関のご紹介をいたします。

白河の関と言えば,歴史(日本史)の教科書で読んだことがある方も多いかと思いますが,勿来関福島県いわき市),鼠ヶ関(山形県鶴岡市)とともに奥州三関の一つに数えられる関所で,現在国の史跡にも指定されています。

なお,末尾につけた地図を見ていただくと分かりますが,白河の関の場所は現在の白河市中心(国道4号線など)からかなり離れた場所にあります。

これは,国道4号線付近は奥州街道が設けられていましたが,この街道の完成は正保3年(1646年)と江戸時代のことで,それ以前は「東山道」が設けられ,それがこの付近を通っていたため,ここに関所が設けられたのだと思います。

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現在の白河の関の様子です。古来よりの神社が今も残るほか,遊歩道などが整備されています。

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白河の関についての説明文が書かれた看板です。
かつて,「白河の関」という文字は文学などに時折登場してきていましたが,実は,結構分からないことがたくさんある関でもあります。

まずはその設置年が明らかではありません。かろうじて,「類聚三代格」承和2年(835年)太政官符において,白河の関を設置して以来400年以上とあるようで,相当昔に設置されたのが何とか分かる程度です。

また,白河の関が廃止されたのがいつか,そして廃止後長い期間,どこに設置されていたのかも実は分からないままでした。

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それを明らかにしたのが白河藩松平定信(8代将軍徳川吉宗の孫,寛政の改革の実施者)で,寛政12年(1800年),文献等の考証を行い,白河神社の建つ場所をもって白河の関跡と論じました。その際建立した石碑が今に残ります。

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その後,1960年代に発掘調査が行われ,その結果土塁や空堀,柵木など古代の防御施設が見つかり,1966年(昭和41年)に国の史跡に認定されました。

白河の関には,今も様々な遺構等が残されています。

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こちらは「幌掛けの楓」で,前九年の役(1051~1062年)の際この地を訪れた源義家が,この楓に幌をかけて休息したと伝わるそうです。

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こちらは「矢立の松」で,治承四年(1180年),源義経が平家追討で平泉を出発した際,この社前で戦勝祈願をし,その際,松に矢を射立てたそうです(現在は根株しかないそうですが,見当たりませんでした。)。

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奥に行きますと白河神社の社が存在しています。静かな,とても神々しい場所です。

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また,白河の関跡を示す,空堀や土塁と言った遺稿が残されています。かなり大きい規模であったことが伺える遺稿です。

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この天を衝くような巨大な杉は「従二位の杉」で,従二位藤原家隆新古今和歌集の撰者の一人)が手植えしたそうです。彼が従二位に叙せられたのは嘉禎元年(1235年)のことです(なお,没したのは同3年のことだそうです。)。

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最後は「旗立の桜」です。先にご紹介した源義経が,この桜に源氏の旗を立てかけたとのことです。

様々な遺構が今に残る白河の関,興味がある方はぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。