こんにちは,四十雀です。
今回は,節分について,少しつぶやかせていただけたらと思います。
本年(令和3年)の節分は本日2月2日,なんでも明治30年(1897年)以来,124年ぶりとのこと。
そもそも,節分の歴史というものは平安時代頃まで遡る・・・云々の話は,マスメディアなりインターネット上でたくさん報じられていますので,ここで言及するのはやめておこうとおもいます。
何はともあれ,今日は節分。
皆様は何か,節分の行事をされていますでしょうか?
私は成人してからは特に何もしてきていないですが,子供の頃,実家では,
①豆まき(+歳の数だけ豆を食べる)
②玄関にヒイラギの葉と焼いたイワシの頭を飾る
という,一般的な節分行事はしておりました。
そう言えば,ここ数年・・・・いや,10~20年以上前でしょうか? 「恵方巻き」を,その年の恵方を向いて食べる風習が広がりましたが・・・私はやったことはありません。
この恵方巻きを食べる風習,その起源はどうも不明らしく,一説には関西方面で始まった,割と新しい風習みたいですね。
そう言えば,新しい節分の風習と言えば,こんな風習も見つけました。
スーパーの麺売り場に貼られていた「節分そば」の販促文です笑
いや,節分そばなんて聞いたことありませんでしたし,こんなの貼られているのも今年始めてみた気がします。
気になって調べてみたところ,何でも,江戸時代後期までは,季節の変わり目で節分にそばを食べるのが一般的だったとのこと。
しかも,この日に,現代で言うところの「年越しそば」の感覚で,そばが食べられていたらしいです。
そもそも,節分というのは,二十四節気の一つ,「大寒」の最終日であり「立春」の前日,つまり冬から春への節目の日,ということ。
春から新しい1年が始まる・・・という考えを基に,この節分の日に年越しそばを食べる・・・ということで,その行事を現代に蘇らせた,というもののようです。
きちんとした理由があるものであり,決してそば業界の仕組んだ話ではない・・・と思います笑
我が家の節分そば。シンプルにいきました。
でも,日本人この手のイベントごとが大好きな民族,もう何年かしたら,上記の恵方巻きや「年明けうどん」みたいに,新たな行事として節分そばもすっかり定着しているかも知れません。
まぁ,この手の年中行事というものは廃れることが多いので,多少形が変化したとしても,長く続くことは良いことだと思います。
さて,最後に二点程,この「節分」に関することで書いておきたいことがあります。
まず一つ目ですが,とある日,NHKの地方ニュース(東北版)を見ていた時のことです。
ちょうど天気予報をしており,その際解説していた気象予報士の方,どうも東北以外の出身の方のようでしたが,東北に来た1年目の節分の日,先輩方が「落花生」で豆まきをしていたのを見て,何かの冗談かと思った,と話していました。
その気象予報士の推測では,雪がある東北では普通に炒った豆を(外に)まいてしまうと後から食べられないため,としていました。
う~ん,確かに,幼稚園とかでは落花生をまいた記憶があるような気がしますが・・・あまり落花生をまく,というのには馴染みがありません。
この話は福島以北,もっと雪深い地域でのことかも知れません。
次に二つ目ですが,それは鬼除けに飾るもののことです。
先に書いたとおり,我が家では昔,ヒイラギの葉と焼いたイワシの頭を飾っていました。
これは,とげとげしたヒイラギの葉で鬼が目を刺す,また,イワシの焼いた臭いを鬼が嫌う,という点から来た鬼除けの飾りです。
ただ,地方によっては,さらに飾る物に色々特色があり,特に面白いものに「目籠」を飾る,というものがあります。
これは,鬼が目籠を「目がたくさんある魔物」に勘違いして逃げる,というもので,昔は鬼以外の魔除けにもなるとして,ポピュラーに飾られたという,いわば民間伝承の一つです。
皆様もぜひ,それぞれの節分を楽しんでいただければと思います。
(令和3年2月2日)